Sunday, July 19, 2009

吹き抜ける風


小さな住まいを建ててちょうど10年になります。
建築士と1年がかりで設計し、建築に7か月。
設計に1年かけたのは、「四季を通して考えなければ良い住まいはできない」と建築家に言われたから。
工事に7か月もかかったのは、(図面では単純に見えたのに)そこいらじゅうに工夫があって請け負った工務店が見込み違いをしたため。
設計の主導権は、妻。
コンセプトは、「暮らしやすいこと」「過ごしやすいこと」。(あたりまえのことですが)
大きなこだわりは、エアコンがなくとも暮らせる家。
家は海岸から約500m。海風が入るのです。
テーマは「風通しの良い家」。
伝統工法でつくり、開口部を大きく取る。そして風向きに合わせて風の入り口、出口を配する。
出来上がったばかりの頃、妻が雑誌「婦人の友」の特集「家をつくる」に投稿。
出版社から記者が来て我が家を取材、そして写真撮影。冒頭の写真がその時のものです。
10年の間、暑さ知らず。
今日も猛暑でしたが、我が家は(なんとか)自然風でしのいでいます。
梅雨明け・・・・。暑さが続きますが、みなさまご自愛のほど。(少々早い暑中見舞いでした)

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ワンダフルライフ


「天国まであと7日」

「あなたの人生の中から大切な思い出をひとつだけ選んでください」

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映画「ワンダフルライフ」のキーワードとテーマです。

最も幸せな思い出の中で天国へ旅立つ。
そしてその思い出は永遠に続く。


99年に作られた映画ですから、10年たちます。
監督は、是枝裕和。
DVDを借りてきて観ました。

この映画は、だいぶ前にやはりDVDで観たのですが、ずっと気にかかっていて再度借りてきたのです。(レンタル店で「借りるのは2度目ですよ!」と(親切にも)注意された。)


この映画、ナント3大陸映画祭のグランプリのほか、いくつかの海外映画祭で受賞しています。
調べてみると、国内より海外で評価された映画とか。
宗教観の違いのためでしょうか。


元気をなくしてしまった高齢者の心のケアに「人生の思い出を聞いてあげる」という方法が有効だそうです。
これには、傾聴(黙って聞いてあげる)、承認(共感してあげる)という作業がともないます。
その結果、老人は自分の人生を肯定的にとらえ、前向きに生きようとする。


映画を観終わって、この「心のケア」を思い出しました。


この映画には、たくさんの素人が出演します。
それぞれの(本物の)思い出がドキュメンタリー風に撮られていて(それだけで)引き込まれていきます。


思い出を再現する施設「リンボ(辺獄)」の職員、「望月」と入所してきた「渡辺」の妻、京子との過去の関係が明らかになり、この展開が映画のストーリーになります。


「戦死した若者の喪失感」、「他の男を愛し続けている妻への嫉妬」
「渡辺」、「望月」両者の現世での煩悩は、それぞれが、自身の存在意義を確信することで(ちょうど天国へ行くように)昇華していきます。

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この映画を再度観たいと思うのは、(自分が)少々疲れているのかもしれません。
「なかなか成果のでない仕事」「不本意な処遇」そして「友人の妻の突然の死」・・・


「あなたの人生の中から大切な思い出をひとつだけ選んでください」と聞かれたら・・・・
ひとつだけというのは、むづかしいですね。
ふたつまで認めてもらえるなら、(平凡ですが)「妻と初めて会った瞬間」「うまれたばかりの娘を初めて見たとき」かな。

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Tuesday, July 07, 2009

万葉のこころを描く

(ひと月ほど前の話になるが)県立五浦天心美術館に企画展「万葉のこころを描く」を見に行った。


奈良県立万葉文化館所蔵の万葉歌をテーマに描かれた日本画50点の展示である。


現代画家がそれぞれ万葉の一首を選び、和歌を画題にして各人の心象風景を描いているのである。
和歌と日本画のコラボレーションである。
新たな絵の楽しみ、思わぬ「歌」の感動が絵画とともに伝播してくるのである。


印象に残った歌絵(?)をいくつか。















上 「あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」 
詠み人:小野老  


改めて説明するまでもないでしょう。作者(坪内滄明)の言葉を借りれば、桜の時期、春日山の中腹から奈良の市街を見渡して、(目を閉じれば)いにしえの都の姿が見えてきたとか。
(絵画名:奈良  春霞)




左 「われはもや 安見児(やすみこ)得たり 皆人の 得難(えかて)にすといふ 安見児得たり」 

詠み人:藤原鎌足 


現代語訳:私は安見児を得た、皆が得がたいと言っている安見児を得た。


藤原鎌足が天智天皇から(天皇の所有物である)采女(うねめ)を賜ったときの喜びを詠ったものです。
(作者 関口正男 絵画名 安見児)

地方の豪族から(従属の象徴として)天皇に献上された容姿端麗な女性の(凛とした)美しさが際立っています。







左2 「君待つと わが恋ひをれば わが屋戸の すだれ動かし 秋の風吹く」
詠み人:額田王 


現代語訳:あなたを待って恋しく思っていると、私の家の簾を動かして秋の風が吹く。 
 

風は来訪の予兆とされる。恋の思いが秋風を呼び起こした。招婿婚の時代、久しく訪れてくれない夫(天智天皇)を想って詠んだ歌である。
(作者 平山郁夫 絵画名 額田王)

下二つは、恋歌である。万葉の恋歌は、因習に束縛されないのびやかさがある。絵にも黎明期の輝きが感じられるのです

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Sunday, July 05, 2009

HELP!!


古いアルバムを見ていたら、娘の書いた絵(を撮った写真)がでてきた。

「HELP!!」思わず笑ってしまった。

この絵のモデルは、私である。
ちょうど対行政暴力にあい、右翼に脅かされていたころの絵なのだ。
対行政暴力の話は、かつてブログに書いた。
http://tosiseibi.blogspot.com/2007/04/blog-post_24.html


大変だった時、娘(当時中1)がふざけて描いてくれたものだ。
悩んでいたので娘のユーモアたっぷりの絵には救われた。

改めて見るとなかなかのセンスだ。(親ばかです)

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Wednesday, June 24, 2009

いつか読書する日


時を経て、改めてその良さが分かるのは、年齢のせいでしょうか。
それなら伊達に年を重ねていないということで喜ぶべきことなのですが・・・。

「いつか読書する日」

2,3ヶ月前に、NHKのハイビジョンシネマで放映されていたものを録画し、改めて見ました。
この映画、2,3年前にビデオをレンタルして見たことがあります。

中年になる幼なじみの男女の恋の話です。

舞台は、長崎。毎朝坂道を登り降りしながら牛乳配達をする大場美奈子(田中裕子)と市役所に勤める高梨槐多(岸部一徳)。二人は、高校時代付き合っていた中。しかし二人の両親の情死がきっかけで心ならず別れてしまう。・・・

若者にはわからない(だろう)中年の男と女の「忍ぶ恋」。

この後のストーリーは、http://www.eonet.ne.jp/~ginyu/060307.htmを見てください。

以前に見た時は、「味わいはあるが地味な映画」程度の感想だったのですが改めて丁寧にみると、年齢を重ねた男と女の切ない心の機微が、痛いほど訴えてくるのです。

監督は、緒方明(今まで知りませんでした)
音楽は、池辺晋一郎

これ以上のコメントは、野暮でしょう。是非、DVDをレンタルしてご覧ください。

田中裕子、岸部一徳とも適役でしたが、ものがたりの狂言回し役になる渡辺美佐子が映画を引き締めていました。

R-50(50歳未満禁止)の映画です。

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Sunday, May 11, 2008

美人画

天心記念美術館で「近代日本画にみる麗しき女性たち展」を見てきた。
http://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/tenrankai/080419_syoen/index.htm
副題に「松園と美人画の世界」とあるように展示作品87点のうち約半数(水の)が上村松園の作品である。

美人画といえば、鏑木清方とこの松園が東西の巨人といわれている。

国立近代美術館で清方の作品をみて以来、鏑木清方のファンであるが、一方の雄(?)松園の作品をまとめて見たことはない。
                                                                                                                                  
天心記念美術館所蔵品のほかにも他の美術館の作品も多数展示されていた。
長野、水野美術館の「かんざし」、「志ぐれ」、富士美術館の「美人観書」・・・








遠方の美術館のものも多く、これら秀作が地元で見られたのは幸運であった。








どこの館の所蔵かは忘れてしまったが、印象に残った作品のひとつが「四季美人図」。
松園、16歳の時の作品である。展示品は最初に描かれたもので、再度描かれた作品が、勧業博覧会で1等に当選し、松園の出世作となった。そしてこの作品はたまたま来日していた英国の皇太子に買い上げられたという逸話をもつ。

縦長の絹本に4人の女性が描かれていて、それぞれに春夏秋冬の歳時の様子、そして若い娘から年配の女性まで年齢を経る様が描写されている。
モデルもおらず、自身の姿を鏡に写して描いたという。
生長期の瑞々しさが心に残った。

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Friday, February 29, 2008

安藤忠雄の本歌取り

本歌取りとは、すぐれた古歌や詩の語句、発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧のこと。
新古今集の時代に最も隆盛した。

転じて、現代でも絵画や音楽などの芸術作品で、オリジナル作品へのリスペクトから、意識的にそのモチーフを取り入れたものをこう呼ぶ。

オリジナルの存在と、それに対する敬意をあきらかにし、その上で独自の趣向をこらしている点が、単なるコピー(パクリ)とは異なる。

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淡路島にある安藤忠雄設計の「淡路夢舞台」を見に行った。
夢舞台は、関西国際空港を作る時に埋め立て用の土砂を採取した場所にある。
土を取った跡地に自然の復元をかねて公園やホテル、野外劇場、国際会議場を整備したのである。http://www.yumebutai.co.jp/

その設計を一手に行ったのが建築家、安藤忠雄なのです。

安藤ファンとしては一度は訪れたい聖地のようなもの。
なぜならば、たくさんの安藤建築が見られるだけではない。安藤は、ここで本業以外の造園やランドスケープも手がけているのです。

関東に住んでいる身ゆえ、なかなか淡路島まで出かける機会もなかったのだが、大阪に出かけたついでに足を伸ばしてみることにした。

書きたいことはたくさんあるのだが、今回は上記の「本歌取り」のこと。

世界的建築家、安藤が「本歌取り」とは?、と思われるかもしれないが、夢舞台のなかの噴水(貝の浜)、植物園、陸回廊(スペイン風庭園)は、世界各地の名庭園をオリジナルにして、安藤の独創性を重ねた作品になっているのです。

夢舞台の展示スペースに安藤建築とその「オリジナル」の写真が並べて飾ってありました。
「本歌取り」はまちがいのないこと。いや、それをあえて知らせることで安藤建築の奥の深さを教えているのかもしれない。

噴水(貝の浜)は、ローマの郊外チボリにあるビラ・デステ
http://www.ne.jp/asahi/buon/viaggio/italia/tiv1.html
植物園は、ロンドンの郊外にある王立キューガーデンhttp://www.h2.dion.ne.jp/~blume/main/oversea/eng/kew-g.htm
陸回廊(スペイン風庭園)は、かのアルハンブラ宮殿
http://www.arch-hiroshima.net/a-map/spain/alhambra.html

が「本歌」なのです。

それぞれに共通しているのは、安藤独特の空間の切り取り方。
余計なものを剥ぎ取り、対象の本質に迫ろうとする大胆さなのです。

3つの作品のなかでも、最も感動したのは陸回廊(スペイン風庭園)。

アルハンブラ宮殿には行ったことはないが、乾いた空気と南欧独自の光線が作り出す陰影は写真で見ていても憧憬である。そこに湧く噴水と流れ出るせせらぎは、きっと見る音楽なのだろう。














安藤の作品には地中海性気候が合うのかもしれない。
安藤が心の師としたル・コルビジエも晩年を南仏カップ・マルタンで過ごした。
淡路島も温暖・乾燥の瀬戸内海気候である。

シンメトリックな構成にリズミカルな列柱、流水とわずかばかりの草花が、無機質な空間の中で命の輝きを放っている。

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Tuesday, February 19, 2008

日差し有情











冬晴れの日、建具の格子と光がつくる美
(江戸東京たてもの園にて)
写真上から
前川國男設計「前川自邸」
     同
堀口捨己設計「小出邸」
「三井八郎衛門邸の茶室」

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Sunday, January 20, 2008

腕はいらぬ

彫刻家、山崎猛の没後10年展が東海駅ステーションギャラリーで行われている。(1月26日まで)http://www.ibaraki-np.co.jp/47news/20080108_04.htm


地元茨城の作家だけにいろいろな場所で見ているが、個展としてまとめて見るのは初めてだった。


これまで何気なく見過ごしていたが、新たな発見があった。


山崎の作品の多くは、裸婦像である。それも女性の肉体の豊穣さをデフォルメしたものが多い。

女性像は曲線によってボリューム感が出しやすい。

しかし、手や腕は、細かな部分であり、それ単独で表情を持ってしまうのでボリューム感の邪魔になる。

そこで山崎は、裸婦像から手や腕を省略してしまった。
確かに後半の作品には腕のないものが多い。
言われてみればなるほどである。




家に帰ってからふと気がついた。山崎は、何からこのことを発見したのだろう。

ミロのビーナス(ルーブル)、アフロディティーの像(ローマ国立美術館)その他・・・。
代表的なギリシャ彫刻の裸婦には腕がない。


発掘されるまでの間に失われたものだが、(確かに)腕がなくなったことで女性の肉体の持つ生命感、存在感が強調されている。

(これは私の想像だが)山崎は、若い時分、イタリア政府の国費留学生として、ローマで学んでいた。

この時ギリシャ彫刻の模刻を数多く見たはずだ。
ひょとしたら、山崎の原点はそこにあったのかもしれない。

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Tuesday, January 08, 2008

光の教会











安藤忠雄の傑作のひとつである。

正式には茨木春日丘教会という。
3年前に行った時のことを思い出してみる。
大阪吹田の万博記念公園から徒歩で20分ほどの場所だったろうか。
閑静な住宅地の中の教会である。

安藤建築の特色であるコンクリート打ち放しの建物で、壁に十字架のスリットが入っている。

普通の教会であれば祭壇があり十字架が掲げられている。
この教会には何の装飾も無い。あるのは外部から差し込む十字の光だけである。
安藤は、キリスト教の原点に立ち返り、簡素でピュアな教会を作った。

プロテスタントの宗派であることや建設資金が乏しかったことも理由のひとつであるが、安藤は、困難さを逆手にとって教会建築のエポックを作った。

当初の設計では、十字のスリットから風や雨が吹き込む計画だったという。
さすがに施主の希望でスリットにはガラスがはめ込まれたそうだが、教会建築の精神性を突き詰めた安藤らしいエピソードである。

礼拝日である日曜の午前中と(確か)水曜日を除いて見学が出来る。
私の行ったときにもニューヨークで建築を勉強中の学生が見学していた。

隣接する日曜学校も安藤の設計だが、机や椅子の無垢木の暖かな色合いが光の教会とは別の趣をかもし出している。こちらもお勧めである。

なお、(安藤だけでなく)建設に係った施主や工務店にも取材した「光の教会ー安藤忠雄の現場(平松剛著)」は建物見学には必見である。こちらもお勧めします。

建築家だけがすばらしいのではないのです。建築家と(互角に)四つに組んだ施主や工務店もエライのです。

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Saturday, December 01, 2007

陰影礼賛

本来人間は、闇を好まない。
元々人間は弱い動物である。外敵から身を守るため明るさを求めた。
明るければ、緊急不測の時、周りの状況がわかり、対応ができるからだ。

谷崎の「陰影礼賛」ではないが、陰影には「憂い」とか「情感」が宿る。
明るさは、人間のもつ原始的な欲求であるが、一方陰影は、心情の機微を知った「大人の文化」なのである。
闇と紙一重の世界を楽しむことができるのは、闇と対峙できる自立した心が必要なのだ。

東松家住宅  塗屋造り 明治34年築
(明治村にて)
茶室(3階) 
吹抜けを通じて差し込む光
 
東松家外観

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Sunday, November 25, 2007

朝涼


特別展「鏑木清方と官展」が11月25日まで鎌倉の鏑木清方美術館で開催されていた。
名古屋に出張したので、その帰りに東京から鎌倉まで戻り、寄ってみた。


清方は、昭和21年から鎌倉で創作を続けた。鶴岡八幡宮の近くの閑静な住宅地の一角である。この美術館は、没後、その自宅を改築したものである。http://www.kamakura-arts.or.jp/kaburaki/exhibition/index.html


小さな美術館であり、常時、所蔵品の中から10点ほどの作品を展示している。
今回の展示品の目玉は、「朝夕安居(ちょうせきあんきょ)」と「朝涼(あさすず)」である。


それぞれ日展(帝展)に出された作品で、清方の代表作の一つである。


「朝涼」は思っていたより大きな作品だった。夏の早朝、長女清子と散歩した時の様子を描いたものであり、ほぼ等身大に近い絵である。

当然下から見上げる形になるのだが、視線は、左中ほどの(まさに開こうとしている)蓮の花から清楚な娘の横顔へ、そして右上の(消えつつある)月へと動いていく。


日本画家の中で美人画といえば、上村松園、鏑木清方、伊藤深水が著名だが、その中でも清方の絵には特に「品」を感じる。(松園は「華」、深水は「艶」か)


「品」を感じさせる多くの作品の中でも「朝涼」は、最たるものではないか。

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Thursday, November 08, 2007

石はきれい?

世の中にはいろいろな達人がいるのだが、石拾いの達人と言う人種がいるとは。


銀座に行ったついでに日本橋の「INAX ギャラリー」によってみた。
現在開催されているのは「石はきれい、石は不思議展」
副題は「津軽石の旅」とある。
http://www.inax.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_001039.html

津軽半島の海岸には、火山の関係でメノウの小石や面白い文様の石が堆積している。
江戸時代には「津軽砂利」という名でこの地方の名産品だったそうだ。


この展覧会には、石拾いの達人(その道15年の石戸谷さん、31年の牧野さん)の収集した「お宝」が展示してある。


たかが石ころというなかれ。色彩や質感のバリエーション、艶っぽさ、オブジェのような形のおもしろさ。立派なコレクションの対象である。


どうせやるなら人のやらない(少ない)ことがおもしろい。
これを機会に石拾いの道に入ってみるか。


石ころ(1) 棟方志功のタッチ
石ころ(2) ミロの絵画(展覧会ポスターの石)
石ころ(3) 禅の円相の文様

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Friday, November 02, 2007

大倉集古館展


茨城県天心記念五浦美術館の開館10周年記念「大倉集古館の名宝展」に行って来た。

特に目を引いたのは、鏑木清方の「七夕」。

大観の「夜桜」「瀟湘八景」、鎌倉時代の似絵、国宝「随身庭騎絵巻」もよかったが、今回は鏑木清方の美人画に軍配があがる。

今回の展覧会は、前後期で入れ替えがあり、前期(10月27日~11月18日)は、1930年に開催された「ローマ開催日本美術展」の名品が展示されている。

作品からは、当時、美術の本場ローマで日本画の真髄を示さんとした、大観を始めとした日本画家たちの意気込みが伝わってくるのだ。

「七夕」は、帯を強調した女性の後姿、つるされた着物の文様、飾り台に並べられた筝(そう)、五色の糸車など数々の「和」を描いている。

「七夕」は一双の屏風絵で今回展示されているのは、左隻である。
調べてみると、右隻は後期(11月20日~12月9日)に見られるそうだ。

後期にも楽しみが残った。

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Sunday, October 14, 2007

ウォーキング

これも8月下旬に札幌で撮った写真です。

札幌芸術の森。札幌市の施設で郊外にあります。
美術館もなかなかのものですが、特色は野外彫刻展示。
これはその中の一つ。




中国の彫刻家 田金鐸氏 の作品「走行世界」




単純化された(歩く)姿がダイナミックな躍動感とたくましい精神力を表現している。



(話は変わりますが)下の写真は、私のウォーキングコース。
ダイエットのため努めて歩くようにしているのです。

山のコース、海のコース、港のコースがあり、自宅を起点に4~6Kmを1~1.5時間かけて歩いています。
(風神山のコース)







(水木~河原子海岸コース)
(日立港コース)
(追伸)
張り切りすぎて腰を痛めてしまいました。
上の彫刻のような格好で歩いていたのです。
何事もほどほどに。

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Friday, October 05, 2007

善き人のためのソナタ

ベルリンの壁の崩壊数年前、密告社会だった旧東ドイツを舞台に、危険人物の監視を行っていた国家保安省の局員を描いた人間ドラマである。

局員(大佐)は、劇作家とその恋人の反政府活動の証拠をつかむため盗聴活動を命令される。

しかし、(盗聴活動で)劇作家の生き方に触れるにつれて、自らの人間性に目覚め、虚偽の報告書を上司に提出するようになる。

クライマックスは、恋人に裏切られ、窮地に陥った劇作家をこの大佐が密かに助けるシーンだ。

そしてこのことは上司に知れることになり、この局員はは組織人としての人生を終えることになってしまう。 

社会主義体制の暗部とそんな社会の中でも生き続ける良心(善き人)を描いた映画であり、当時の東ドイツの監視社会の真実を初めて公にしたことで評価が高い。(06年アカデミー外国映画賞受賞)

レンタル店でこのDVDを借りてきて観た。確かに秀作である。

ネットで見た映画評には「社会主義→悪、抵抗者→善 そして悪い体制が崩壊してメデタシメデタシ」といった(単純な)評価が多かったが、観終わって少し異なる感想を持った。

社会主義の持つ非人間性は広く知られることとなったが、一方、不自由であってもそれを「良し」とした多くの国民がいて体制が維持されてきたことも事実である。
(ネロやカリギュラ時代のローマ帝国やヒトラーの第3帝国も同じ類である。)
つまり、大衆は一定の生活ができれば体制(全体)の善悪には目をつぶるものである。そしてそこには全体の暴力性に隠され個人の顔は見えてこない。
この映画では、周りの価値観に左右されず個人としての尊厳を持ち続ける崇高な生き方が描かれている。

主人公の大佐を演じたウルリッヒ・ミューエは旧東ドイツ出身で、自身国家から監視された経験を持つという。
淡々と演じているが、事実を知る者のみの持つ悲しみが観るものの心を打つのである。

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Monday, October 01, 2007

美を見つける

毎年この時期、日曜画家たちの展覧会が開かれる。

日展を始めとして各地の県展、市展でその秀作が見られる。

何人もの知り合いが毎年のように出展しているので、市展鑑賞は年中行事になっている。

アマチュアの作品なので、そのレベルはほどほどだが、いつも驚かされるのは、身の回りの(何でもない)風景に美を発見する力だ。

作品を見て、改めてその土地の持っている美しさに気付く。

風景画ではジョン・コンスタンブル(英国)の描く農村風景が好きだ。

コンスタンブルは、それまで宗教をモティーフにした絵が絵画の全てだった時代に、生まれ育った田園に美を見出し、風景画を確立した画家である。

東京と地方と経済格差が社会問題になっている。
資本主義が発展すれば格差は拡大する。
格差は、アメリカやヨーロッパ先進諸国ではすでに20年以上前から 社会問題となっているのである。
その様な先進諸国の中でもイギリスでは、都会から地方へ人口が移動している。
リタイア後は、豊かな自然の中で暮らすことがライフスタイルとなっているからである。
英国に限らず、ヨーロッパの田園風景は限りなく美しい。
この美しさの背景には、コンスタンブルやモリスのようにカントリーライフに価値を再発見した芸術家たちの活動があるという。

ひるがえって日本はどうだろうか。耕作放棄地と乱雑な商業広告だけが目立つ不毛な農村風景。
地方の(経済的)活性化が長年叫ばれているが、そこにはかつて田舎の持っていた風景や伝承文化の破壊が荒廃の原因であるという反省はない。
件の日曜画家たちのように、誰も気に留めないような身近な風景に価値を見出し、そこでの暮らしを大事にすることが21世紀の地方のあり方だと思うのだが。

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Monday, September 03, 2007

モエレ沼公園

2005年7月にグランドオープンしたモエレ沼公園。

彫刻家イサム・ノグチが基本設計を行い、没後17年して完成した。
彼は大地を彫刻して公園を作った。

公園は多かれ少なかれ、自然を真似し、草木を取り入れる。
一方、モエレ公園は、大地の造形のみで構成されている。
そして人間の感性が、自然の造形美を上回っている。

造形芸術の巨大さからいって、モエレ公園を越える作品を知らない。

権力の象徴として作られたピラミッドやコロセウムなど巨大建造物はあるが、純粋な芸術作品としてこのような造形物が作られることが今後あるのだろうか。

ガラスのピラミッド

テトラマウンテン






ミュージックシェル















プレイマウンテン













モエレ山












モエレ公園とイサム・ノグチのことは
http://www.welcome.city.sapporo.jp/moerenuma/im.html

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